・朝雨に傘持つな
・朝ぐもり夕につかり
・朝焼けは雨、夕焼けは晴れ
・西がくもれば雨になる
・朝霧が深いときは晴れる
・雲の行き違いは雨になる
・ミズマサ雲(いわし雲)が出たら雨が近い
・春の南風は大黒山の雪が消えるまで吹く
・頂白山が近く見えると天気が変わる
・汽車の音がよく聞こえると天気が変わる
・サクラの花が遅い年は凶作
・スモモの花が咲いたら何を蒔きつけてもよい
・ササの花が多い年は凶作
・落葉が早い年は雪も早い
・猫が顔を洗うと雨が近い
・猫がさわぐと嵐になる
・烏[からす]が低いところに巣をかけた年は大風が多い
・羽蟻[あり]が多く出れば雨が近い
・ツバメが高く飛べば晴、低く飛べば雨のきざし
・魚が水面ではねると雨が近い
・気違いがさわぐと天気が変わる
・腰が痛いと雨が近い
等など、仁木町には多くの天気俚言が残っていて、今でもこれを利用している人が少なくない。
これらの俚言は現在でも天気予報率が70%前後と言われているから、非科学的だなどと馬鹿にできない。こうした先祖から伝えられている故事ことわざは、その土地に生きる者の経験と生活の方便を教えている。元来農民や漁師は天気の影響を最も受け易い仕事に従事しており、生活を賭けて戦っているから真剣である。
昔は自分の住んでいる土地の位置や地形、それに風向きや雲のうごき、雲の形やその色、肌に感じる気温や湿り気、更に身近な動物や植物の生活状態などの、長い観察の経験が蓄積され、ことわざという形で整理され天気俚言として伝承されてきたもので、天気を予知する先人の知恵である。
こうした経験は明日の天気を判断する方法ばかりでなく、長期の天気をも予想し、これを利用してきた。これらの俚言は気象衛星が飛び交い、コンピューターが気象観測の主役となる時代でも通じる科学的根拠を持っているという。
とは言え、これら俚言による天気予報は、自分の居住するごく限られた場所で、その見える空の範囲はせいぜい半径50kmくらいである。従ってその予知も大体24時間前後であるから、現在天気を予知しようとするならば、まず、テレビや新聞の天気図で気圧配置を知り、その上に天気俚言を結びつけてみることである。即ち、気象庁の予報だけに頼らず、先人の経験則(天気俚言)を加味して、郷土に即した天気を判断すべきであろう。
出典:図書「ふるさと再発見」久保武夫 著, 仁木町教育委員会発行1991(H3).3, p22-23: 6仁木町の天気俚言 --- 初出: 仁木町広報1981(S56).11
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