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ふるさと再発見 開拓 江戸時代 仁木竹吉 徳島移民 農業 肥料 民間伝承 明治時代 余市町 鰊 鰊漁

ニシンと仁木村

 鰊と書いてニシンと呼んでいるが、昔は鯡とか春告魚と漢字を当てて、いずれもニシンと読ませていた。  「ニシンは松前の米なり、釈迦も食べ、地蔵も食[け]エー」と言ってニシンを仏前に供えた傑僧[けっそう]があったというが、「ニシンは魚に非らず松前の米なり」とて、魚へんに非らずとし...

ふるさと再発見 稲作 温床 大正時代 南町 農業

温床稲苗をはじめて試みた人

 昔から米を作るには、種籾[たねもみ]を水田に直播[じかまき]するか、苗代で育てた水苗を田植えするかであったが、仁木村では昭和5,6年頃から温床稲苗づくりが広がりはじめ、昭和10年すぎには殆んど温床栽培に変り、その後幾度か冷害年もあったが、以前の如き皆無に近い収穫は影をひそめ、水...

ふるさと再発見 りんご 農業 明治時代

りんご百年樹

 仁木町内に初めてりんごの木が植えつけられたのは記録によると「明治15年粟屋貞一がりんご苗520本の配布を受け………」とあり、別の記録には「明治16年乃至[ないし]17年ころ函館勧業寮から無償でりんご苗が配布された」となっていて、その品種も紅玉[こうぎょく](6号)、倭錦[やまと...

ふるさと再発見 旭台 断層 地質 農業

旭台の地相

 仁木町役場わきの通り(6番線)を余市川に向かい、仁木大橋を渡ると旭台地区である。ここはその名も旭台と呼ばれるように、日当りのよい高燥な丘陵性の高台でその上にはりんごやぶどう畑が広がる中に、農家が点々と見えがくれしている。  旭台の背後の山地は、然別山の山脚が砥の川から鮎見橋...

ふるさと再発見 江戸時代 鉱業 農業 馬 物流 明治時代 林業

仁木町とドサンコ

 ドサンコとは北海道で古くから野生化していた馬のことで、正式には北海道和種馬と呼ばれている。  本道の開拓以前までは馬と言えば大概ドサンコのことであり、明治以降は洋種馬との交雑がすすんだが主流はやはりドサンコであり、大正時代に入っても仁木町などでは農耕や運搬に、この種の馬が相...

ふるさと再発見 安土桃山時代 岡本監輔 忌部氏 吉野川 金毘羅信仰 原士 庚午事変(稲田騒動) 江戸時代 徳島県 農業 明治時代

吉野川の岸辺

 吉野川は昔から”四国三郎”とも呼ばれ、”坂東太郎”(利根川)や”筑紫次郎”(筑後川)と共に、日本の三大河といわれていた。  その長さ約200km、四国四県の水を集めて阿波一国を貫流し紀伊水道に注いでいるが、一度台風雨などが来襲すると「暴れ水」とか「阿呆水」の異名をもつこの吉...

ふるさと再発見 モンガク 燕麦 祇園社 除虫菊 東町 農業

祇園社のある丘

 ある晩秋の一日、中の川に新しく架けられた宝樹[ほうき]橋を渡り、広域農道の緩やかな坂を登る。  切り開かれたばかりの道の両わきは、赤茶けた砂礫や粘土の層がほぼ平らに堆積し、地表近くは黒褐色の肥えた土が覆っていて、丘の上はりんごやぶどう畑をのせた段丘地が一面に広がっている。 ...

ふるさと再発見 粟屋貞一 黒川毛利農場 混同農業 農業 明治時代

黒川毛利農場

 大江村の開祖といわれている粟屋貞一氏は、明治14年大江村に入地し、翌15年には同志の井関百合蔵氏とともに余市川上流を探検、赤井川水系を調べて該地が農耕に適することを確認して、後に赤井川農場開発に尽力したが、それと前後して黒川毛利農場開設に着手し、その経営の才[さい]を発揮した。...

さくらんぼ ふるさと再発見 大正時代 農業 明治時代

仁木のサクランボ

 「小さな恋人 サクランボ」などと言われるように、サクランボのイメージは可憐でかわいい。口の中にスッポリ入って、あの色つやのすべすべした感じと独特の形と風味。最近若い人達の間にサクランボの人気がでてきたようにみえる。  仁木町では、近年サクランボの生産がとみに増加し、今まで地...

ふるさと再発見 移民 漁別 元木孫市 甲崎金次郎 地質 地名語源 長沢 渡船場 農業 明治時代

長沢開墾の聞き書き

 仁木町の長沢地区は、余市川の中流右岸にあって対岸の尾根内地区とともに町の南端にあたっている。  長沢は赤井川カルデラ盆地の外輪山の南西部を占め、大部分が起伏の多い火山性土の傾斜地からなっている。  この山地を長沢川、ポン長沢川、漁[いざり]別川などが削っていて、その下流...

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