明治時代の終わりころから大正時代にかけての仁木小学校卒業記念写真が筆者の手もとにある。その中で最も古いのは明治43年3月公立仁木尋常高等小学校尋常科19回卒業生21名のものであるが、それを見ると、男子児童は縞やかすりの着物に羽織はかま姿、女子は紋つきが目だち、えび茶や紺と思われ...
町教育委員会の書庫から古い写真が2,3枚でてきた。その中の1枚はどうやら鉄道開通当時の然別停車場前の情景とみえる。下にかかげた写真がそれである。 写真のほぼ中央に「しかりべつ」と右から左へ、その下にローマ字で「SIKARIBETSU」と記された駅名板が立っており、それを背...
昭和11年10月15日、公立仁木尋常高等小学校開校50周年記念式典が開催された。 仁木女子青年団は、この記念事業の一つとして敬老会を催した。当日出席された古老の方々は男女合せて50余名にのぼった。その折の記念写真を紹介します。 仁木町憲章のはじめに、「私たちはきびし...
御代の光に照りさえて 豊栄のぼる日の御旗 門の左右にひらめくは 我が運動の 会場ぞ 来れ 同窓もろともに 遊びの庭におりたたん 学校の試験に勝をしめ 今日の競争また勝たば 徳育さえも修めつつ 三徳兼備の人となり やがては国の 柱...
仁木町(仁木地区)は、明治12年11月、阿波[あわ]国(徳島県)から仁木竹吉に引率された農業移民団370余名が、はじめてこの地を踏んでから今年で満110年目を迎える。 「厭[いと]うまじ君の国との為なれば、身は北海の土となるとも」と、今は仁木町の開祖として町民から仰がれて...