ケプロン ブラキストン ふるさと再発見 ルベシベ通行家 江戸時代 松浦武四郎 村垣範正 大江 島義勇 堀利煕 明治時代 目賀田帯刀 余市運上家
仁木町大江3丁目、そのルベシベの小丘に建てられた通行家跡の記念碑は、去る7月25日、青い大空のもと町内外から集まった大勢の参列者を前に除幕式が行われた。 宮司による厳かな祝詞[のりと]が終り碑面を覆っていた純白の引幕が関係者らの手によって静かに除かれると、鏡のように磨かれ...
スモモ ふるさと再発見 山田民弥 松浦武四郎
スモモは漢字で「李」の字を当てている。元来中国の原産で我国へは遠い昔に渡来して以来、全国各地で栽培された。 スモモは落葉の喬木で樹勢がすこぶる旺盛なばかりでなく病・虫害にも強い。 樹冠を覆うように咲く真白い花は芽香が高く、その果実は甘酸ぱい。それで「酢桃[すもも]」...
ふるさと再発見 丸山 山口移民 松浦武四郎 石坂 然別
丸山と名づけられた山はいたるところにある。近くでは、余市の丸山、塩谷の丸山、それに古平の丸山、札幌のは円山と書くが、いずれも文字どおりお椀を伏せた形をしているので、昔からそのように読んだのであろう。 然別の丸山は、然別川が余市川へ注ぐその落ち口近くに座っていて、山容はハッ...
アイヌ民族 ケプロン ふるさと再発見 松浦武四郎 大江 地名語源
国道5号線が、通称水野の坂を下り、七曲り橋のたもとにさしかかると、行く手は大江2丁目から3丁目にかけての田園が広がり、小学校や保育所、それに農協や雑貨店などもとけこんでいて大江地区の中心地でもある。 この付近一帯は、大昔から人が住みついていたらしく、開墾当時は畑のあちこり...
ふるさと再発見 岡本監輔 黒田清隆 松浦武四郎 仁木竹吉 徳島移民 明治時代
仁木町(仁木地区)は、明治12年11月、阿波[あわ]国(徳島県)から仁木竹吉に引率された農業移民団370余名が、はじめてこの地を踏んでから今年で満110年目を迎える。 「厭[いと]うまじ君の国との為なれば、身は北海の土となるとも」と、今は仁木町の開祖として町民から仰がれて...
ケプロン ブラキストン ふるさと再発見 ヨイチ越え山道 ルベシベ通行屋 稲穂峠 玉虫左太夫 掘利煕 山田民弥 松浦武四郎 大江 大谷光瑩 島義勇
昔、稲穂峠山麓のルベシベ(大江3丁目)に幕府直轄の通行屋があった。 安政3年(1856)の秋、いわゆる余市越えの新道が開通したので、お神威岬の難所がさけられるようになった。そのため余市・岩内間の旅の行程が1泊2日に短縮され、通行人も急に増えたので安政4年の夏には構えの大き...
ふるさと再発見 粟屋貞一 井関百合蔵 河崎金兵衛 久保勘次郎 銀山 山川滝五郎 松浦武四郎 植松柳助 然別鉱山 大江村 馬群別 明治時代 槇垰幾太郎
余市川の流域は、北海道の中でも気候や地味に恵まれた土地柄であったので早くから原住民がすみついていて、鹿や熊を追い鮭や鱒を漁って生活していた。 幕末ころからは、余市川上流に砂金が産出するとの噂があったので、一攫千金の冒険家らがときおり川を遡ることもあり、また余市沿岸の鰊場に...
ふるさと再発見 粟屋貞一 久保勘次郎 元木孫市 山川滝五郎 山道村 昭和時代 松浦武四郎 仁木村 仁木竹吉 大江村 大正時代 町制施行 明治時代 槇垰幾太郎
北海道は古くからエゾ地と言われてきたが、もともとエゾというのはアイヌやその他の民族の名の総称であって地名ではなかった。 口エゾ、奥エゾ、東エゾ、西エゾ、北エゾ(樺太)などと呼んでいたのを、実は民族名を転用していたのである。しかしこれはまぎらわしいことが多いので、幕府時代か...
アイヌ民族 ふるさと再発見 旧地名 魚 銀山 松浦武四郎 地名語源 馬群別 馬群別川
仁木町銀山は、開拓時代から馬群別と呼ばれていたところであるが、昭和48年(1973)3月、同じ地域内にある国鉄函館本線の駅名にならって銀山と改められた。 銀山駅は明治38年(1905)1月、開通した当時の北海道鉄道会社が、この付近にあったルベシベ鉱山や大富鉱山(銀山市街の...
ふるさと再発見 稲園 松浦武四郎 地質 泥炭地 土壌 土地改良 東町
仁木町東町稲園地区あたりから余市海岸にかけての低平な水田地帯は、かつて仁木谷地、山田谷地、大谷地など一般に「ヤチ」と呼ばれていたところであった。 ヤチは谷地または野地とも漢字を当てているが、もともとアイヌ語であるらしく、ヨシやスゲなどの生い茂った中に、ところどころ浅い沼な...
ふるさと再発見 ヨイチ越え山道 ルベシベ 稲穂峠 山道駅 松浦武四郎 大江 地名語源
余市川の支流である稲穂川の流域一帯を「ルベシベ」と呼び、仁木町の小字名の一つであったが、現在は大江3丁目に編入されていて稲穂峠へ通じている国道5号線がそのほぼ中央を走っている。 明治37年(1904)7月、現在の函館本線稲穂トンネルが貫通するまで短期間ではあったが「山道駅...
ふるさと再発見 ヨイチ越え山道 稲穂峠 岡本監輔 江戸時代 松浦武四郎 仁木竹吉
蝦夷地の探検家であり、北海道の名づけ親として知られている松浦武四郎は、当時蝦夷地と呼ばれていた北海道を前後6回にわたってくまなく歩いたが、その頃西蝦夷地と言われた日本海岸沿いの旅は3度試みている。 中でも弘化3年(1846)4月、松前から石狩を経て宗谷へ向かう途次、余市に...
ふるさと再発見 稲穂峠 江戸時代 松浦武四郎 余市川
今から100年前、徳島県、続いて山口県から移民が入植した時点を仁木町の夜明けと考えれば、それまでのこの地は原始に近い森林や草原におおわれ、川のほとりにはアイヌ民族のコタン(村)が点在していた。地名もヨイチ領で、現在の余市郡即ち余市町、仁木町および赤井川村を含んでおり、余市川の左...