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ふるさと再発見 金光祠 金毘羅信仰 仁木商業高等学校 東町 二本木

仁木高校の界わい

 仁木町東町5丁目、四番線道路ぞいの果樹園の中に仁木商業高等学校が「白亜の殿堂」そのものの如くどっしりと坐っている。  春はりんごやナシの花に囲まれ、秋空にはりんごの紅が映え、ぶどうの香りがほのかに漂う。南に頂白山を仰ぎ、東に余市岳、西は積丹の山なみが続き、余市湾の波路はるか...

ふるさと再発見 モンガク 燕麦 祇園社 除虫菊 東町 農業

祇園社のある丘

 ある晩秋の一日、中の川に新しく架けられた宝樹[ほうき]橋を渡り、広域農道の緩やかな坂を登る。  切り開かれたばかりの道の両わきは、赤茶けた砂礫や粘土の層がほぼ平らに堆積し、地表近くは黒褐色の肥えた土が覆っていて、丘の上はりんごやぶどう畑をのせた段丘地が一面に広がっている。 ...

アイヌ語 フウレヒラ ふるさと再発見 フレトイ フレトイ川 フレトナイ 古別沢 七曲り 大江 地名語源 東町

仁木町内に残っている「フレ」という地名

 フレ(または、フーレ)とは、アイヌの言葉で「赤くある(なる)」と言うことで、山の崖などで崩れて赤い地肌が露われているものや、川や沼について言えば古川などで水が停滞し、ヤチ気で底が赤くなっているようなところを言う。(知里真志保)  日高の振内(フレナイ)、手塩の風連(フーレン...

フルーツ街道 ふるさと再発見 モンガク モンガク遺跡 東町 縄文時代

モンガクの先住民族遺跡

 現在、小樽市内から塩谷、蘭島、余市を経て仁木町に至る新道(広域農道)の開削工事がすすめられているが、この路線沿いには先住民族の遺跡や遺物の包含している所が多いので、各地区ごとにその緊急発掘調査が行われている。仁木町においても東町12丁目のモンガク遺跡がその対象になり、北海道埋蔵...

ふるさと再発見 フレトイ モンガク 旭台 霜害 中の沢 砥の川 東町 得志内 南町 農業 晩霜

晩霜

 梅や桜の花がちり、やがてスモモの花が咲きはじめ、木々の梢がうつくしく芽吹くころになると郭公[かっこう]がわたってくる。  「郭公が鳴いたら豆を蒔け」とか、「スモモの花が咲いたらもう霜の心配がない、何を蒔いてもよい」と、昔の人々はこれを種子蒔き時の目安にしていた。  仁木...

ふるさと再発見 粟屋貞一 稲作 大江 東町 農業 米 北町 明治時代 用水路

仁木町の米作

 仁木町の米作は昔から果樹や果菜類とともに基幹作物の一つである。  近年その耕作技術などが著しく進歩し、今では米の収量も反当たり10俵をこえるようになり、昭和初期のそれに比べると2.5倍以上にも及んでいる。  仁木町の米作りは、明治30年ころから目立ってきたが、それは開拓...

ふるさと再発見 モンガク 海成層 丘陵地 地質 土壌 東町 農業

むかし海だった丘陵地

 余市川の下流に広がっている仁木平野は、誕生してから1万年にも及ばない沖積平野である。その東西を占めている高さ100m内外の丘陵地帯は、今から1千万年も大昔に起こった海底火山の噴出物からなっていると言われている。  それを解く鍵とも言える地層がこの丘陵地帯のあちこちに顔を出し...

ふるさと再発見 稲園 松浦武四郎 地質 泥炭地 土壌 土地改良 東町

余市平野の泥炭地帯

 仁木町東町稲園地区あたりから余市海岸にかけての低平な水田地帯は、かつて仁木谷地、山田谷地、大谷地など一般に「ヤチ」と呼ばれていたところであった。  ヤチは谷地または野地とも漢字を当てているが、もともとアイヌ語であるらしく、ヨシやスゲなどの生い茂った中に、ところどころ浅い沼な...

アイヌ語 ふるさと再発見 モンガク 赤井川道路 地名語源 東町

モンガクと言うところ

 モンガク、それは忘れ去られようとしている仁木の古い小字[あざ]の名である。  登町の追分[おいわけ]付近から西に向かって流れ仁木町東町16丁目山田幸吉氏の地所わきへ落ちている小さな谷川筋をモンガクの沢というが、この沢の両岸に広がっている小高い丘陵地一帯をモンガクと呼んでいる...

ふるさと再発見 モンガク 銀山 大江 土壌 東町 氷河時代

氷河時代の遺したもの ー 赤い土と灰色の土 ー

 大昔、それも200万年という遠い昔から現在にかけて、地質時代名は第四期と呼ばれ、別名を氷河時代ともいう。  この氷河時代には何回にもわたって寒冷な時期(氷河期)と温暖な時期(間氷期)とが交互にやってきた。中でも最後に来襲したウルム氷河期という寒冷期は今から7万年くらい前から...

ふるさと再発見 モンガク遺跡 遺跡 金光遺跡 土器 東町 縄文時代 尾根内 北町

仁木町から出た擦文土器

 仁木町へ和人が入植する前はアイヌの人達が狩猟や漁労の生活を営んでいたことは、古い記録にもあるし古老などの言い伝えもある。  しかし、それ以前のことは地中から出てくる遺跡や遺物に頼るしかない。仁木町でこれまでに出土したものは、東町16丁目のモンガク遺跡や、同6丁目の金光遺跡...

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